アクセス件数:

東京海洋大学 茂木正人様

東京海洋大学は、2003年10月、ともに明治時代からの歴史をもつ東京商船大学と東京水産大学が統合して設置された大学。海洋に関するさまざまな教育研究が展開され、地球の一番南側にある南極での研究も行なわれています。
そこで今回、東京海洋大学「海鷹丸」南極観測隊で主席研究員を担い、南極海における海洋生態系の研究を進める茂木正人准教授にお話を伺いました。

地球環境の保全にも貢献する
スケールの大きい研究

平均約2.0kmの厚い氷に覆われた南極大陸。今もほぼ手つかずのままで自然が残り、地球上最大の未知の領域といえるでしょう。そのため、地球温暖化など環境変動の影響があらわれやすく、そのひとつの現象が氷床の融解です。
南極の氷床の融解が加速すれば海面上昇を招き、地球全体に深刻な影響が及ぶ恐れがあります。氷床の融解に限らず、南極の環境変動は地球環境の変動を予測するバロメーターなので、南極の調査・研究の重要性は増すばかりです。

地球温暖化による現象は、私たちが観測している南極海でも起きています。
例えば、海に浮かぶ海氷の面積の減少、大気中で増えた二酸化炭素が溶けることによる海洋酸性化などです。こうした環境変動は海洋生物の成長や繁殖に影響を与え、海洋生態系の変質も始まっています。
しかし、この変質がどのように起きるのか、メカニズムはわかっていません。
私たちは南極海における海洋環境、生物環境を観測して長期的変動を捉え、その変動プロセスを解明するためのデータを得て、これからの地球環境の予測に役立てようと、研究に取り組んでいます。
私の専門は魚類学ですが、植物・動物プランクトン、海鳥、海氷、さらに海洋物理や化学、生物などを専門とする研究者が参加し、南極海の生態系全体の解明を目指しています。

研究テーマは、海氷中の生物の多様性、食物網、生物ポンプ(海洋表層から海洋内層へ炭素を輸送する仕組み)など多岐にわたります。大規模で長期的に継続すべき研究ですから、ひとつの研究機関だけでは不可能です。
東京海洋大学は情報システム研究機構国立極地研究所と2009年に包括連携協定を締結し、共同で生態系研究を行なってきました。
さら創価大学、名古屋大学、北海道大学、海外ではオーストラリアタスマニア大学やオーストラリア南極局の研究者と連携体制を取っています。

「宗谷」の随伴船として日本初の南極観測に参加した「海鷹丸」

「海鷹丸」は、東京海洋大学の水産専攻科学生の遠洋航海実習に用いられる練習船で、南極海観測航海は一部区間を利用して行われます。国内総トン数1886トン、全長93m。船首が強化された耐氷船です。
現在の船は第4世ですが、第2世は日本初の南極観測船「宗谷」の随伴船として1956年~1957年の第1次南極観測隊に参加したという歴史があります。

以後、海鷹丸は南極海航海を重ね、2019年1月に行なわれた航海で通算22回目。大学院生も含めて29名の研究者が参加し、うち9名が女性でした。

ハダカイワシを中心にした食物網

私たちが航海観測を行なうのは、南極海のインド洋セクターです。東経30度から東経150度に至る海域で、最も近いオーストラリアやアフリカ大陸からも遠く、南極海の中でも最も生態系研究が進んでいない海域です。
そこでの研究テーマのひとつが、「ハダカイワシを介した食物網」です。
南極海にはペンギンやアザラシ、オットセイ、鯨類などさまざまな大型動物も生息しています。その多くが主食にしているのがナンキョクオキアミ(以下オキアミ)。オキアミは南極の生態系・食物網を支える鍵種とされ、オキアミの生態の変動が大型動物の変動に影響を与えます。

しかし、近年の調査・研究で、オキアミは南極海のどの海域でも豊富に生息しているわけではないことがわかってきました。インド洋セクターでもオキアミはあまり分布していないと推定され、代わって注目されているのがハダカイワシです。ハダカイワシ類が大型動物の餌になっているというデータも集められ、ハダカイワシを中心とした食物網も提唱されるようになりました。
私たちのチームも、ハダカイワシを重要な生物と捉え、特にその仔魚の生活史の研究に力を入れています。仔魚期とは卵が孵化してから最初の発育段階のことで、体長は十数ミリ程度しかなく、体が脆弱です。微生物の分布や海水の温度など環境の影響を受けやすく、彼らの初期生活史を知ることは、環境変動がどのようなメカニズムでハダカイワシの個体群変動に影響を及ぼすのかを解明する手がかりになります。
この研究は、ペンギンなど大型動物の生息環境との関連性を突き止めることにもつながっていくでしょう。
私たちのこれまでの調査から、ハダカイワシの仔魚の初期生活史は海氷と密接に関係していることがわかってきています。今後も全容解明に向けて注力していきたいと考えています。

転機になった航海

私が南極観測航海に初めて参加したのは、2002年。東京水産大学(当時)で助手をしていたとき、海鷹丸の主席研究員だった教授から誘われたのがきっかけです。迷わず参加しましたが、3回ほど経験した時点で思い知らされたのは、南極海観測はリスクが大きいということ。約1カ月の航海期間中、観測できるのは2週間程度と限られ、気象条件にも左右されやすく、思うように観測が進まないのです。サンプルとなる生物も満足に採集できないし、得られるデータも乏しい……このまま南極海に関わっていていいものかと悩みました。

そんな私が南極海の研究の楽しさに覚醒したのは、2007年暮れから2008年1月の航海です。この航海はオーストラリア、フランス、ベルギーそして東京海洋大学の国際共同研究で、サブリーダーを任されました。大規模な研究プログラムを遂行する苦労もありましたが、海外の研究者からいい刺激を受けました。彼らは成果を出すことに貪欲なのです。航海後にも何度もワークショップを開き、活発な意見交換が行なわれました。私自身の成長につながった経験だったと思います。

後進を育成するために

南極海については知られていないことばかりですが、だからこそ、研究することに魅力を感じます。
南極海の海洋生物の生態系を1枚の大きなパズルとすると、パズルをすべて埋められるのは、ずっと先の未来のことです。私たち世代の研究者が埋められるのはごくわずかです。
残りのピースは教え子である学生たち、さらにそのあとに続く人たちに埋めていってほしいと願っています。
その人材を育てることにも、チームを挙げて取り組んでいます。まずは南極海の生物や生態系について多くの人に知ってもらおうと、全国の中学校、高校で出張講義を開いています。
一般の方向けにも公民館やカフェなどで開催しています。興味のある方は、お気軽にお問合せください。

キーワードKeywords

PAGE TOP